前立腺がんの病態、検査
前立腺がんの病態
前立腺がんは、「前立腺」のがんですが、この「前立腺」についてご存知でしょうか?前立腺は、男性だけにある生殖器官の一つです。ちょうど栗の実大の大きさと形をしていて、膀胱の真下に尿道を取り囲むように位置し、後ろの方は直腸に接しています。このため、肛門から指を入れると、直腸ごしに前立腺に触れることができ、前立腺がんの検査法として実施されることがあります。前立腺の後方には左右の精のうがあり、ここから射精管が前立腺の中央部を通って尿道に通じています。
前立腺は、その発生から増殖、成長までのすべての段階で男性ホルモンを必要とする“男性ホルモン依存性”の器官である、ということも大きな特徴です。
- 前立腺がんの特徴
前立腺がんは文字通り前立腺にできるがんで、高齢の男性に多い病気です。昔に比べて増加しており、社会全体の高齢化、食生活の欧米化などから、今後も増加傾向が続くと予測されています。
また、前立腺がんは他のがんに比べて病気の進行が遅く、何年もかかってゆっくり進行するといった特徴があります。初期のうちは症状がほとんどないことが多いので、早期発見、早期治療がとても大切です。そのためには正しい知識を持つこと、前立腺がんの検診を受けること、この2つが極めて重要になります。
前立腺がんは、欧米では男性のがんの中で大変多いがんとして知られています。アメリカ合衆国では、男性のがんの中で「罹患数」は第1位、死亡数は肺がんに次いで2位と、最も多いがんの一つとなっています。わが国においてはまだそれほど多くはありませんが、泌尿器科で扱う男性のがんの中では、罹患率、死亡率、ともに最も多いのが前立腺がんです。また、将来的には最も増加するがんの一つと考えられており、2020年には肺がんに次いで罹患数の第2位になると予測されています1)。
- どんな患者さんに多い?
なぜ、前立腺がんになるのか、その原因や発症メカニズムはまだ解明されていません。しかし、前立腺がんの危険因子(リスクファクター)については、いくつか明らかになっています。
1つは年齢で、前述の通り、前立腺がんは、高齢になるほど発症しやすくなります。
また、欧米での調査で、父親または兄弟に前立腺がんにかかった人がいる場合、本人が前立腺がんになる確率は、そうでない人に比べ2〜3倍になるという報告があり、特定の遺伝子の関与も示唆されています。
人種も、大きな要因の一つです。前立腺がんが多い欧米でも白色人種に比べ黒色人種でより多いとされています。また、アジア人には比較的少ないといわれています。
食生活では、脂肪の多い食事、緑黄色野菜の不足など、“欧米型”の食生活が関与しているとされています。
前立腺がんは人種や地域によって、発症率が異なることが分かっています。オーストラリア・ニュージーランド、ヨーロッパ西部や北部、北米など、いわゆる先進国を中心に罹患率は高く、アジアやアフリカなど発展途上国では低い傾向にあります2)。
日本人の罹患率も上昇傾向で、欧米に近づきつつあります3)。このことからも、前立腺がん増加の背景には、欧米型の食生活など、生活環境の変化が関係していることが伺えます。
- 転移しやすい部位
進行すると、血液やリンパ液を介して骨やリンパ節などに転移するようになります。特に、前立腺がんは骨やリンパ節に転移しやすい特徴があり、がんが骨に転移した場合は、腰痛や四肢痛などがみられるようになります。ほかの転移部位として肺、肝臓などが挙げられます。
左図は、病期別生存率の5年間の推移を示したものです。偶発がん、限局がん、局所浸潤がん、転移がんの順に生存率が低くなり、早期ほど生存率は高いことが示されています。
左図は、グリーソンスコア(悪性度)毎に見た疾患特異的生存率の推移を示したグラフです。この疾患特異的生存率とは、死亡原因が前立腺がんだと判定された人に注目し、前立腺がん以外の原因で亡くなった人とは区別して考えた場合の生存率をいいます。グリーソンスコア別の成績では、グリーソンスコアが低い(悪性度が低い)ほど生存率が高く、スコアが高い(悪性度が高い)ほど生存率が低いことが示されています。
- 診断法
前立腺がんの検査と診断の流れとして、大きくは、スクリーニング検査→確定診断→病期診断という流れになります。
スクリーニングとは、前立腺がんの疑いがある人をふるいわけるための検査をいいます。主な検査には、腫瘍マーカー(PSA値)を調べる血液検査、触診で前立腺の状態をみる直腸診、経直腸的超音波(エコー)検査があります。このうち、1つでも異常が認められた場合は、前立腺組織を採取しがん細胞の有無を確認する前立腺生検が行われます。この検査でがん細胞が確認されれば、前立腺がんの診断が確定されます。
前立腺がんの確定診断が行われたら、MRIやCT、骨シンチグラフィーなどの画像検査を行い、ここで、がんの広がりや転移の有無を確認して、病期を診断します。
前立腺がんの自覚症状は、病気の進行によって変わってきます。前立腺がんは、ほとんどが尿道から離れた辺縁域(外腺)に発生します。すぐに尿道を圧迫することはないので、早期のうちは自覚症状がありません。しかし、病気が進行し、腫瘍が大きくなり尿道や膀胱を圧迫するようになると、尿が出にくくなったり、排尿時に残尿感、あるいは痛みを感じるなど、前立腺肥大症と同じような排尿障害が起こります。また、尿や精液に血が混じるといった症状が見られることもあります。
さらに、進行すると、血液やリンパ液を介して骨やリンパ節などに転移するようになります。特に、前立腺がんは骨やリンパ節に転移しやすい特徴があり、がんが骨に転移した場合は、腰痛や四肢痛などがみられるようになります。
このように、前立腺がんは、早期のうちは症状に乏しく、自覚症状が出たときにはがんが進行している場合が多いので、男性は50歳を過ぎたら定期的に前立腺がんの検査を受けることが大切です。
文献
- 大野ゆう子ほか:がん・統計白書-罹患/死亡/予後-(大島明 ほか編)篠原出版新社, 2004,p202-217.
- Jemal A, et al. CA Cancer J Clin 61; 69-90, 2011.
- がんの統計編集委員会 編: がんの統計’ 財団法人 がん研究振興財団, 東京, pp78-81, 2010.
- UICC TNM悪性腫瘍の分類 第7版 日本語版, 金原出版, 東京, pp230-234, 2010.
- 井坂茂夫: 泌尿器悪性腫瘍ハンドブック(勝岡洋治ほか 編) ,新興医学出版, 東京, p91, 1995.より改変
- Egevad L, et al : BJU Int 89; 538-542, 2002.
前立腺がんの検査
前立腺がんを見つけ出す検査の中で、最も簡便で広く行われているのがPSA検査です。PSA検査では、血液を約1mL採取して、「前立腺特異抗原: prostate specific antigen」と呼ばれる前立腺でつくられるタンパク質の一種の濃度を測定します。PSAは、健康なときも血液中にわずかに存在しますが、前立腺がんを発症すると、大量のPSAが血液中に流れ出し濃度が上昇することから、前立腺がんの腫瘍マーカーとして広く用いられています。 前立腺肥大症や前立腺炎でもPSA値が高値となることもあるので、PSA値だけで前立腺がんかどうかを判断することができませんが、前立腺がんを拾いだすスクリーニング検査法としての有用性は高く、前立腺がんの早期発見に大きく貢献しています。
PSA検査の検出精度は大変高いですが、それでもPSAのみでは見逃されてしまうこともあります。直腸診などの検査は、PSA検査を補う関係にあり、これらを組み合わせることで、検出精度はさらに高くなると考えられます。
健常男性に比べて、前立腺肥大症や前立腺がんの患者さんでは、PSA値が高くなっています。前立腺がんでは、病期が進行するほどPSA値も高くなっており、PSA検査は、がんの進行(病期)の予測にも役立ちます。
ただし、PSA値の分布は幅広く、前立腺がんがかなり進んでいてもPSA値が正常範囲であったり、健康な人でもやや高い値を示したりする例もあります。このように、健康な人と前立腺がんの患者さんのPSA値が重なり合ってしまうグレイゾーンの取り扱いの問題などから、PSA検査だけで前立腺がんを診断することはできません。疑わしい場合は、さらに他の検査を追加で行って、診断精度を高めています。
PSA値が高くなるにつれて、前立腺がんが見つかる確率も高くなります。日本人男性のPSA基準値としては、64歳以下の方では3.0ng/mL、65〜69歳の方では3.5ng/mL、70歳以上の方では4.0ng/mLが目安です。この基準値を超えている場合は、前立腺がんの疑いがありますので、医療機関でさらに詳しい検査を受けることが勧められます。
直腸診は、医師が肛門から指を直腸に入れて、直腸の壁ごしに前立腺の状態をチェックする検査です。前立腺の大きさや硬さ、弾性、表面の凹凸、触れると痛みがあるか、などを調べます。がんが進行している場合には、前立腺は硬くなったり表面がざらついていたり、周囲の組織との境界が不明瞭になったりします。触診ということで、抵抗を覚えることもあると思いますが、直腸診は特に前立腺肥大症との鑑別に有用です。検査自体は痛みもなく、10秒もあれば済んでしまいます。
経直腸的超音波(エコー)検査は、肛門から超音波発信機である探触子(プローブ)を入れ、超音波画像を見ながら前立腺の内部の状態を調べる検査法です。
この方法は、前立腺がんがどのように広がっているのか、その様子(浸潤の有無)の確認に用いられています。特に前立腺被膜や精のうへの広がりの様子など、他の検査では診断しにくい部位の診断ができるという特徴があります。
正常な前立腺は左右対称で、周囲との境界もはっきりしていますが、がんになると左右非対称になったり、境界が不明瞭になったりします。
スクリーニング検査で前立腺がんが疑われた場合は、前立腺がんを確定するために、前立腺生検(バイオプシー)が行われます。前立腺生検では、特殊な針を使って前立腺から直接組織を採取し、それを顕微鏡で観察して、がんがあるか、またあった場合には、その悪性度(グリーソンスコアなど)を確認します。
検査法としては、直腸に探触子(プローブ: 超音波装置)を挿入し、前立腺の中の様子を確認しながら、決められた位置に針を刺して前立腺組織を採取します。採取法には、針を直腸から刺し入れる経直腸式と、股の間(肛門と陰のうの間)から刺入する経会陰式があり、前立腺がんの発生しやすい辺縁域を中心に、6箇所以上から組織を採取します。
痛みは少なく、検査自体は15分程度で終わります。外来でもできますが、2〜3日入院して行うこともあります。
前立腺生検では、前立腺から直接組織を採取し、がんがあるか、またあった場合にはその悪性度などを確認します。この悪性度は前立腺がんの治療の決定でとても重要な情報となります。
左図は前立腺がんのタイプ、つまり悪性度を示したもので、グリーソン分類と呼ばれています。米国のグリーソン博士によって提唱された分類法で、腺の構造と増殖パターンにより5段階に分けられます。1は正常な腺構造に近く、悪性度の低い(たちの良い)がんで、5が悪性度の高い(たちの悪い)がんです。グリーソン分類は、前立腺から実際に組織を採取して、その構造を顕微鏡で調べ、それぞれの組織の様子をこの図に示した組織分類と見比べて評価します。
実際は、グリーソンスコア(Gleason score: GS)と呼ばれる数値にして使用されます。生検におけるグリーソンスコアは、採取した組織の中で、最も量的に多い組織像と最も悪性度の高い組織像について、その増殖パターンを合計して算出します。グリーソンスコアでは、もっとも悪性度の低い「2」から、もっとも悪性度の高い「10」までの9段階に分類されますが、健康上問題となる前立腺がんは、5~10の6段階であることがほとんどです。
- CT検査、MRI検査
生検で前立腺がんの診断が確定したら、がんがどの程度進行しているのかを、CT(コンピューター断層撮影法)やMRI(磁気共鳴画像法)で調べます。これらの検査では、前立腺やその周囲など、体内の様子を画像にして映し出し、がんが前立腺の中のどこまで広がっているか、あるいは周囲の組織に浸潤していないか、リンパ節や離れた臓器に転移していないかなどを調べます。
- 骨シンチグラフィー
先にも述べた通り、前立腺がんは、骨に転移しやすい性質を持っています。CTやMRIは、骨の検査にはあまり適していないため、骨シンチグラフィーと呼ばれる検査も行われます。この検査では、骨のがんに集まりやすい性質を持つ放射性物質を注射し、3時間ほど待ってから全身の骨を特殊なカメラで撮影します。前立腺がんが骨に転移していれば、そこに放射性物質が集積し黒く映し出されます。この検査で用いられる放射性物質はごく少量ですので、被曝については心配しなくても大丈夫です。
これらの画像検査によって、前立腺がんの浸潤の程度や転移の有無を調べ、病期を診断します。